青木木米

青木 木米(あおき もくべい、明和4年(1767)~天保4年(1833年7月2日) 67才没)
京都生まれ。幼名八十八。字は佐平。号は青来、百六散人、古器観、亭雲楼、九九鱗、木米、聾米。

若くして高芙蓉に書を学び頭角を現す。
30歳を境に作陶に目覚める。京都・粟田口に釜を開き評判を得る。
5年後には加賀藩前田家の招聘を受け、絶えていた加賀九谷焼の再生に尽力した。

永樂保全、仁阿弥道八とともに京焼の幕末三名人とされる。
文人画系統に属する絵画にも秀作が多い。