藤島武二

(ふじしまたけじ、慶応3年(1867)~昭和18年(1943)3月19日 75才没)
薩摩藩士の家に生まれた。

1885年、川端玉章に入門。
1890年、曾山幸彦、松岡寿につき、山本芳翠の生巧館で洋画の指導を受ける。
1891年、明治美術会の会員になる。
1896年、1歳年上の黒田清輝の推薦で東京美術学校(現・東京藝術大学)助教授に推される。、
以後、没するまで同校で後進の指導にあたった。
1905年、文部省から4年間の留学を命じられ、渡欧。フランス、イタリアで学んだ。
帰国後、東京美術学校(現・東京藝術大学)教授に就任。
1937年、最初の文化勲章受章者の一人となる。

帝展審査員、 帝国美術院会員、帝室技芸員。

鑑定人・鑑定機関

日動画廊内各鑑定委員会
〒104-0061 東京都中央区銀座5-3-16
Tel:03-3571-2553
https://www.nichido-garo.co.jp/appraisal.html

原田直次郎

原田直次郎(はらだ なおじろう、1863年(文久3)~1899年(明治32))
東京都出身、東京外国語学校卒。

江戸にて岡山藩士の子として生まれた。
画家を志し、東京外国語学校ついで1884年に渡独。
ミュンヘンアカデミーにて、西洋画の画技を習得。

帰国後は、内国勧業博覧会などに出品、また自宅に洋画塾を開校する。
西洋画を教えたが、99年に36歳で早世、現存作品は非常に少ない。

モデルを用いず制作しており、作品は氏の想像から生まれているが、
極めてリアルな写実性が特徴で、人物画、宗教画、歴史画などに秀作が残っている。

サインは「Naojiro.」など

藤井勉

藤井勉 (ふじいつとむ、昭和23年(1948)~)
秋田県生まれ。

1971年、岩手大学教育学部特設美術科卒業。
シェル美術賞展佳作賞、昭和会展優秀賞、安井賞展佳作賞受賞。
1991年、リトグラフ手彩色30葉を制作。

FIAC’83(パリグランパレ)個展や読売新聞社主催の藤井勉作品展、
小泉智英、上村淳之、森田りえ子、小松崎邦雄と二人展など開催。

日本秀作美術展、具像現代展、明日への具像展、具像ビエンナーレ展、五都展などに出品。
現在は無所属。

繊細で可憐な少女像は画家自身の愛娘への愛情があふれている。

原精一

(はら せいいち、1906-1986)
神奈川県生まれ。

1924年、川端画学校に学ぶ。萬鐵五郎に師事。鳥海青児に兄事。
1936年、春陽会賞受賞。
1938年、戦地スケッチの作品で佐分賞受賞。
1940年、岡田賞受賞。春陽会会員。
1947年、読売美術賞受賞。
1948年、国画会会員。

度々応召し戦時下で寸暇を惜しんで描いた数多くのデッサンは、
画家としての執念を感じさせるものでした。
度重なる召集でビルマ・インパール作戦にも従軍、奇跡的に助かり抑留生活後復員しました。
戦後は国画会に出品し、優れた作品を数多く残し、生き生きとした人間表現を追及しました。

鑑定人・鑑定機関

日本洋画商協同組合鑑定登録委員会
〒104-0061 東京都中央区銀座6-3-2 ギャラリーセンタービル6階
TEL:03-3571-3402
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福沢一郎

(ふくざわ いちろう、1988年(明治31)~1994年(平成6))
群馬県出身。帝国大学文学部中退

大学在学中に、彫刻家の朝倉文夫の知遇を得て、彫刻を学ぶ。
1922年、第4回帝展に、彫刻作品「酔漢」が初入選。
その後、24年に渡欧し、フォービズム表現やシャガールの作品などから大きな影響を受け、
西洋画に転向する。
また研究を進めていくうちに、マックス・エルンストらシュルレアリスム派
(超現実前衛的絵画)に傾倒し、31年に帰国。
同年、第1回独立美術協会展に、滞欧作37点を出品。
日本で初めて、シュルレアリスムを紹介し、大きな反響を得た。
その後、39年まで独立展に参加。同年に美術文化協会を結成。57年まで同会で活躍
(一度49年に脱会、54年再入会)する。
46年には日本美術会の発起人、日本アバンギャルド美術家クラブに参加、
そのほか53年に、中南米を取材したのを機に、ニューヨーク・メキシコ、ヨーロッパなど
世界各地を巡遊し、様々なモチーフで作品を制作。
日本のシュルレアリスム派第一人者として、最期まで製作を続けた。
世界をめぐり、多くの人種、風俗、信仰などと触れ合ううちに、人間性を大きな題材として
黒人シリーズや旧約聖書、日本の古代神話などのシリーズに挑戦。
57年芸術選奨文部大臣賞、58年毎日美術賞、78年文化功労者表彰に続き91年に文化勲章を受章。

サイン、印 名は「Fukuz.」「一郎」など

鑑定人・鑑定機関

日本洋画商協同組合鑑定登録委員会
〒104-0061 東京都中央区銀座6-3-2 ギャラリーセンタービル6階
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林武

(はやし たけし、明治29年(1896)12月10日~昭和50年(1975)6月23日 78才没)
東京都麹町区上二番町15番地に6人兄弟の末子として生まれる。父・甕臣(みかおみ)は国語学者。

1920年、日本美術学校に入学、同年中退。
1921年、第8回二科展で「婦人像」が初入選、樗牛賞受賞。
1922年、第9回ニ科展でニ科賞受賞。
1926年、協会会員となり佐伯祐三、里見勝蔵らと活動する。
1930年、二科会を脱退。独立美術協会創立に参画する。
1949年、第1回毎日美術賞受賞。
1951年、東京芸術大学の教授に就任。

日本芸術院賞受賞、朝日文化賞受賞、文化勲章受章、従三位叙勲。

原色を多用し絵具を盛り上げた手法で、女性や花、風景などを描き人気を得た。
サインは「Takeshi・H」もしくは「Take・H」と記すことが多い。

鑑定人・鑑定機関

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福井良之助

福井良之助 (ふくいりょうのすけ、大正12年(1923)12月15日~昭和61年(1986)7月9日 62才没)
東京日本橋で生まれる。

中学時代に画家を志望し、島野重之の教えを受ける。
1944年、東京美術学校工芸科を卒業する。
しかし工芸には魅力を覚えず、在学中も油絵を描き続けていた。
1946年、第41回太平洋画家展に『みちのくの冬』が初入選。
1954年、第18回太平洋画家展で『窓』が佳作賞受賞。
1959年、孔版による初めての個展を開き、在日アメリカ人画商に認められ、
国際版画展等に出品し、その名を広く知られるようになる。
1965年 油絵中心の仕事に移行。

古典的な構図とセピア色の色調を持つ。
優美な画風で、主に静物画が多いが、風景、人物画も描いた。

浜口陽三

浜口 陽三(はまぐち ようぞう、明治42年(1909)4月5日~平成12年(2000)12月25日 91才没)
和歌山県に生まれた。浜口家は代々「儀兵衛」を名乗るヤマサ醤油の創業家であり、陽三は10代目浜口儀兵衛の三男にあたる。

1927年、東京美術学校(現・東京藝術大学)に入学。
1930年、中退して渡仏、パリを中心に油彩画を制作してサロン・ドートンヌなどに出品。
パリで銅版画の一種であるメゾチントを復興し、カラーメゾチントという技法を確立した。

1954年、現代日本美術展で受賞。
1955年、この頃からカラーメゾチントを制作。「西瓜」
1957年、第1回東京国際版画ビエンナーレで東京国立近代美術館賞を受賞「水差しとぶどうとレモン」「青いガラス」サンパウロ・ ビエンナーレで大賞を受賞。「魚と果物」「したびらめ」「西瓜二切」等
1981年、パリからサンフランシスコに移住。
1982年、北カリフォルニア版画大賞展でグランプリ受賞。「西瓜」
1984年、サラエボ冬季オリンピック大会でオリンピック記念ポスターに「さくらんぼと青い鉢」が採用。

浜口の高度な技術から生まれる繊細で静謐な作風は、他の追随を許さず高く評価されており、
世界の代表的銅版画作家の一人として広くその名を知られています。

藤田嗣治

(ふじた つぐはる、Leonard FoujitaまたはFujita、
明治19年(1886)11月27日~昭和43年(1968)1月29日 81才没)
東京都出身。

1910年、東京美術学校を卒業。第13回白馬会に出品、初入選。
1913年、渡仏しパリのモンパルナスに居を構える。
アメデオ・モディリアーニやシャイム・スーティンらと知り合う。
エコール・ド・パリのジュール・パスキン、 パブロ・ピカソ、オシップ・ザッキン、アンリ・ルソー、モイズ・キスリングらとも交友を結びだす。

1919年、サロン・ドートンヌに初出品で入賞し、直ちにその会員に推される。
日本の伝統美を踏まえた絵は、フランス人にはエキゾチックなものに映り、大きな名声を得る。
1921年、サロン・ドートンヌ審査委員となりエコール・ド・パリの有力作家となる。
1923年、サロン・ド・テュイルリー会員。
1925年、レジオン・ド・ヌール五等勲章を贈られる。

1955年、フランス国籍を取得。
1959年、カトリックの洗礼を受けてレオナール・フジタと改名。

レジオン・ドヌール勲章シュバリエ章、レオポルド勲章、勲一等瑞宝章。

鑑定人・鑑定機関

東美鑑定評価機構
〒105-0004 東京都港区新橋6-19-15
Tel:03-3432-0713

日本洋画商協同組合鑑定登録委員会
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広瀬功

広瀬功 (ひろせこう、大正10年(1921)~平成18年(2006)2月16日 84才没)
神奈川県生まれ。本名は「いさお」。師匠は安井曾太郎。

1946年 東京美術学校油絵科卒業
1946年、日展初入選
1950年、日展特選受賞
1963年、日展審査員
1982年、日展内閣総理大臣賞受賞
1982年、一水会常任理事
1985年、日本芸術院賞受賞
1986年、小山敬三賞受賞

日展参事、一水会常任委員

独特の色彩感覚と独自のマチエールで表情豊かな風景と静物画を描いた。