酒井田柿右衛門

酒井田柿右衛門 さかいだかきえもん、初代:1596年(慶長元年)から、江戸時代、肥前国(佐賀県)有田の陶芸家。代々その子孫(後継者)が襲名する名称し代々その子孫(後継者)が引継ぎ、第十四代酒井田柿右衛門が当代である。
当代は人間国宝(2001年7月12日認定。色絵磁器)、佐賀県陶芸協会会長、日本工芸会副理事長、および九産大大学院芸術研究科専任教授。

柿右衛門様式は、主に大和絵的な花鳥図などを暖色系の色彩で描き、 非対称で乳白色の余白が豊かな構図が多い。 濁手と呼ばれる独特の乳白色の地色は、 赤色との組み合わせによって映えると言われる。また器の口縁に「口銹」と言われる銹釉が施されている例も多い。

同じ有田焼でも、緻密な作風の鍋島様式や寒色系で余白の少ない古九谷様式と異なり、柔らかく暖かな雰囲気を感じさせる。

1912年(大正元年)に「名工柿右衛門」という歌舞伎が榎本虎彦により制作され、第十一代片岡仁左衛門が主演した。十一代柿右衛門と親交のあった仁左衛門のはまり役だったとされ上演回数が多く、その後も他の俳優達によって演じられた。